2007年6月16日土曜日

雑記

午前、午後と京都造形芸術大学で通信教育部のスクーリング。卒業制作のゼミ指導。通信教育部には全国から学生が集まっているため、卒業制作のフィールドも秋田県から鹿児島県まで多種多様である。いろいろな土地の情報を知れば知るほど、その場所へ行ってみたくなるから困る。一度、たっぷり休みを取ってすべてのフィールドを回ってみたいものだ。

夕方から京都大学の森本先生が京都造形芸術大学で講演するというので、スクーリング終了後に少し遅れて聞きに行く。講演会終了後、森本先生と少しお話する。独立したことや造形大で教えていることなど、これまで報告できていなかったことを報告した。森本先生は僕の修士論文の副査を担当してくれた先生。

山崎

2007年6月15日金曜日

雑記

午前中は大阪工業技術専門学校で講義(環境デザイン論)。相対年譜プロジェクト、屋上神社プロジェクトともに順調。

午後から中山寺にある大平建設にてランドスケープデザインに関する打ち合わせ。

夕方から大阪府庁にて打ち合わせ。

夜はスタジオに戻って打ち合わせ。

移動時間が長い。移動中はiPODで「新撰組!」を見ている。もう3回目なので、せりふはほとんど覚えてしまっているのだが。


山崎

2007年6月13日水曜日

モダン+何か

午前中は近畿大学の授業。午後から京都造形芸術大学で研究室会議。午後8時から大阪で元精神科医の永野さんと会う。永野さんは現在お寺に務めている。宗教関係の仕事に携わっているものの、本人は堅苦しいことを言わないし、宗教について細かいことも言わないので気楽に語り合える。

永野さんによれば、精神医学というのは概ね近代的な手法を用いて心の病に対処しようとする専門領域なのだと言う。問題点を分析して、それに対応した処置を講じる。その点で建築やランドスケープデザインも同じ出自である。ところが、心の病はそれだけで完治するとは限らない、と永野さんは言う。もちろん、半分は科学的な見地から治療するべきなのだが、それだけで完全とはいえない、というのだ。事実、科学的には治ってしかるべきの患者がいつまで経っても心の病に悩まされ続けることがある。そんなとき、科学的な手法よりも宗教的な手法が役立つことが多いという。悪い部分だけを治そうとする態度ではなく、その人自身の全体性を受け止める思想が必要になるのだろう。科学だけでは対処しきれない領域がそこにある。

ランドスケープデザインの世界も同じような課題を抱えているといえよう。モダニズムの思想だけでは真に人間のための空間がつくり出せないことは経験的にわかってきた。残された「何か」足りないものをどう満たすのか。庭のデザインにおいては、そこにいわゆる「宗教」を持ち込む人もいる。あるいは「地域性」を持ち込む人がいる。「生態学」を持ち込む人もいる。いや、むしろ「地域性」や「生態学」は、それを信じる人たちにとって見れば宗教的な役割を担っている「何か」なのだろう。そもそもモダニズムという発想自体、それを信じる人たちにとっては宗教的な「何か」を担わされていた「イズム」だったのかもしれない。事実、僕らはコルビュジエの名前やデザインに対して、単なるモダンを超えた「何か」を感じていることが多い。

ただ、こうした「モダニズム」の宗教を信じている人というのは、ごくわずかな人たちだけだ、ということに注意する必要がある。一般的には、コルビュジエがデザインした建築にいまさら感動する人はほとんどいない。単に「ちょっと古いけど変わった形の建築だな」という程度の感想だろう。それを「解ってないなぁ」と蔑んでもしょうがない。むしろ「解っていない」人たちのほうが主流なのである。そんな主流派に対して「モダニズム」だけで勝負しようとしても、人々が宗教的な癒しを得ることはない。僕らのような「モダニズム教」の信者は、コルビュジエがデザインした椅子に座るだけで癒されるのかもしれないが。

「残された半分」をどう満たすか。モダンを乗り越えるための重要なキーワードである。精神医学もデザインも、同じようなところで悩んでいるようだ。

山崎

2007年6月4日月曜日

「レヴィ=ストロースとリーヴァイ・ストラウス」

「見えない庭」を読み返す。ローレンス・ハルプリンの章(第5章)を読んでいて、ふと珍しい文字に出会った。140ページの上段。ハルプリンが設計したという「レヴィ=ストロースプラザ」のことが書いてある。しかし、ハルプリンがレヴィ=ストロースの広場をデザインしたという話は聞いたことがない。そもそも、文化人類学者であるレヴィ=ストロースを記念した広場など存在するのだろうか。

レヴィ=ストロースプラザのデザインは1980年だという。1980年にハルプリンが設計した広場。。。といえば、リーバイス・プラザである。

レヴィ=ストロースとリーバイ・ストラウス。いずれも英語表記では「Levi-Strauss」である。あまりに有名な2人なので、これまでまったくつながらなかったが。。。急いでリーバイ・ストラウスとレヴィ=ストロースとの関係について調べてみる。どうやら2人は遠縁の関係だという。特に年齢が下のレヴィ=ストロースのほうは(リーバイスの創業者は、レヴィ=ストロースが生まれる6年前に亡くなっている)、よくジーンズ屋に間違えられたというではないか。面白い逸話である。

が、面白いでは済まされないのが「見えない庭」の誤訳である。再版の時にでも修正しておくほうがいいだろう。リーバイ・ストラウス・プラザとレヴィ=ストロース・プラザじゃ、イメージがぜんぜん違う。

それにしても、佐々木葉二さんと宮城俊作さんのどちらが訳出を担当したんだろう。。。いずれにしても、あとがきを読む限りは佐々木さんがすべてチェックしたことになっているので、佐々木さんはこれで良しとしたわけか。。。しかし、佐々木さんがリーバイスとレヴィ=ストロースを間違えるわけはないと思うのだが。。。不思議な誤訳である。機会があれば、本人にそっと伝えておきたい。

山崎

2007年5月21日月曜日

「一人あたりの公園面積」

「一人あたりの公園面積」という指標がある。

ランドスケープデザインに関する教科書には必ずといっていいほど出てくる指標だ。この話題、ほとんどの場合は「欧米に比べて日本の一人あたりの公園面積は小さいので、まだまだ公園緑地を増やすべきだ」という文脈で紹介される。

紹介されている「一人あたりの都市公園面積」は、東京都区部で平均3.0㎡程度。大阪市内は3.5㎡。名古屋市内だと6.7㎡。全国の政令市の平均は約6.0㎡なので、名古屋市は比較的緑豊かな都市だといえよう(いずれも2001年度のデータ)。

ところが諸外国を見ると、名古屋市でさえも大したことではないと実感させられる。例えばパリ市内の一人あたりの都市公園面積は11.8㎡。政令市平均の2倍近い緑の量である。さらに、ロサンジェルスは17.8㎡(1994年度)、ロンドンは27.0㎡(1997年度)、ベルリンは27.5㎡(1995年度)、ニューヨークは約30㎡もの公園面積を誇る。

東京や大阪は世界の都市に比べて一人あたりの公園面積が小さい。差は歴然としている。これが教科書の論調である。こんな論調に対して、「ちょっと待った」という反論もある。日本は都市公園として参入されている面積が小さいだけで、社寺や田畑および里山など、実質的に公園的利用がなされている面積を足せば欧米にだってそれほど負けていないぜ、という反論である。

そんな反論を信じて、僕はこれまで「一人あたりの公園面積」という指標を信じてこなかった。というか、それが低いからといってあわてる必要はないと考えてきた。しかしふと疑問に思ったのである。公園面積にカウントされていないその他の「緑地」面積を足したとしたら、日本人一人あたりの「緑地面積」はいったいどれくらいなのだろうか。

例えば市民緑地。民有地を一定期間開放して、一般の人たちが使えるようにする緑地であるが、この面積は全国で770000㎡。緑地保全地区というのもある。都市計画区域内にある樹林地や草地や水沼地で、良好な自然環境を形成しているものが緑地保全地区に指定される。いわゆる都市近郊の里地里山である。この地区が全国で14110000㎡。都市に住むものにとって、これらの2種類の緑地も十分に都市公園的な利用に供する場所だといえよう。さらに、京都や鎌倉や飛鳥のように、庭園が多く歴史的な風土を持った地区も丸ごとカウントすると155250000㎡。

以上のような「都市公園的」に利用できる場所をすべて足し合わせて、日本の総人口で割ってみると、一人あたりの都市公園的空間の面積は1.3㎡増えることになる。

それでも1.3㎡である。政令市平均の6.0㎡に足したとしても7.3㎡。パリの面積にも満たない。ニューヨークの30㎡には程遠い。

一人あたりの都市公園面積。この指標をもう少し信じてみてもいいのかもしれない。少なくとも、すでに公園面積は足りていると思う必要はないのかもしれない。税収が減少して、公園整備費が削減され続ける時代にあって、しかしまだまだ公園を増やしたほうがいいと考えるべきなのかもしれない。事実、僕らが海外旅行へ行ったり、しばらく海外に住んでみたりすると、帰国した際にどうしても「日本の都市には緑が少ないなぁ」と感じてしまうのだから。

公園面積を増やすと、その管理費が増大することは必至だ。諸外国はどのように広い公園を管理しているのだろうか。ニューヨークの公園はすべて税金で管理されているのだろうか。公園や緑地の面積を増やすことと、その後の管理をどうするのかということをセットで考えてみる必要がありそうだ。

山崎

2007年5月14日月曜日

「strong concept」

中之島の中央公会堂にオランダの「NL Architects」とルクセンブルクの「Polaris」がやってくるというので、夕方から話を聞きに行く。

NLのアプローチは以前から気になっていた。入り組んだ駐車場の計画では、広告収入による建設費や維持費のマネジメントにも言及しているし、空からみると企業の広告になる空港併設駐車場では駐車すればするほどお金がもらえるシステムを提示しようとしている。つまり、カタチとナカミとシクミを同時に考えようとしているのである。

講演内容で面白いと思ったキーワードは「strong concept」。明確なコンセプトと、それを素直に表現したカタチ。この組み合わせが独特のアイデンティティを生み出し、見るものにインパクトを与えることになる。その結果、楽しそうな建築や空間が出来上がるのだが、実はその細部にはさまざまなストーリーが埋め込まれていて、実に良く考えられた建築になっているのである。「あれもこれもできます」というコンセプトではなく、「これです」という明確なコンセプトを打ち出しておいて、そのあとで「実はあれもこれもできます」というストーリーを説明する。強いコンセプトが持つ意味を改めて再認識したように思う。

もうひとつ共感したキーワードは「境界を越える」ということ。ヨーロッパで活躍する建築家らしく、あまり国境を意識せずにボーダレスな活動を展開していることが多いようだ。また、Polarisの2人は国境だけでなく専門分野の境界も越えて活動している。いわゆる建築だけでなく、都市計画や広告やイベントなど、都市や社会の問題を解決するためのツールを建築だけに限定しない。たまたま建築で解決できるものは建築で解決するというスタンスは、非常に共感できるものだった。

これからしばらくは「強いコンセプト」について考えてみたいと思う。特にランドスケープデザインにおいては、住民参加や生態系への配慮など、コンセプトの輪郭をぼやけさせるようなテーマやコンセプトが付着しやすい。油断するとさまざまな「重要なこと」をコンセプトに付けすぎて、結局何がしたいのか伝わらないことになりかねない。シンプルで強いコンセプトをどのように提示し、それをどうカタチにするか。そのことを考えてみたい。

ちなみに、NL Architectsの「A8ernA」というプロジェクトは、高速の高架下に連続した公園をつくるというプロジェクトで、ランドスケープデザインにも多くのヒントを与えてくれる内容になっている。水面を船で利用して、降り立った教会前広場で結婚式を挙げるというプログラムのつなぎ方など、カタチとナカミの組み合わせ方が面白い。

同じくNLの「Loop House」というプロジェクトは、住宅と庭(中庭と屋上庭園)との関係がよく考えられたプロジェクトである。

「Basket Bar」のプロジェクトも、バスケットボールコートとバーという2種類のプログラムを重ね合わせながら統合するという、ランドスケープと建築との関係を考えさせるものである。

NLの建築は、ランドスケープと建築との新しい関係を示唆するものが多いように感じた。しっかり調べてみたい建築家である。

山崎

2007年2月20日火曜日

「人口減少時代の都市計画」

永田町で行われた「市長と語る21世紀の都市計画」というシンポジウムに参加した。

はじめに大西教授(東京大学大学院)から近年の人口動態についての概説があった。出生率は地方が圧倒的に高く都心部はきわめて低いことが明らかだが、人口減少率からみると地方が高く都心部は低い。このことから、地方で生まれた人の多くが依然として都市へ大量に流入していることが分かる。また、DID人口密度に注目すると、1960年から2005年にかけて低下している。これは市域が拡大していることを示している。都心部にゆとりのある生活空間が実現したともいえるが、逆に言えば非常に拡散した都市が出現しつつあるともいえる。 一方、この10年間に大都市の中心部に人が集まりつつあることも分かっている。90年から95年には、中央区や中区や中京区といった「中央」を示すエリアの人口が減少していたにも関わらず、2000年から2005年にかけては逆にこれらのエリアの人口が増加している。中央部分に人が集まり、それ以外の場所からは郊外へと人が流れているという実態が明らかになった。 

こうした状況を活かして、農地を都市に取り込んだり、自然を活かした開発を進めたり、都市近郊の自然を保全したり、住宅地を公園や自然地に戻したりする新しいタイプの開発を考える必要があるだろう、との指摘がなされた。こうした新しい取り組みを地域主体で進めるためにも、ある程度の権限委譲が必要になる。現在では三位一体の改革に基づいて、ある程度の権限と財源が地域に渡されている。以前なら法律でかなり細かいことまで規定していたが、地域の実情に応じて規制の項目を変えることができるよう、委任条例に任せることができる法構成になっている。その結果、条例によるまちづくりが多くの自治体で盛んになりつつある。金沢市や横須賀市の例はまさに地方分権下における地域主体のまちづくり事例といえるだろう。

続いて、伊藤市長(西条市)から市の特性と方向性についての説明があった。西条市は周囲を多くの空港に囲まれている。自身は空港を持たない市だが、周囲の空港とうまくタイアップすることで観光情報を発信したいと考えている。また、新たに多自然居住地域と合併することによって農地面積がかなり増えた。このことを積極的に評価し、食料自給率が70%に達している状況を売り出すことにしている。さらに地元銀行が地元企業にお金を貸すようにするためのさまざまな機会を提供している。地域の産業再生を地域再生へと結びつける具体的な試みを紹介された。

須田市長(新座市)は、「まちづくりは道路整備から」というスローガンを掲げてまちづくりを進めている。また、「道路整備は区画整理から」ということを考え、現在は市内の区画整理事業を積極的に進めているという。また、町内会に登録する人を募集して、市全域に点在している積極的な人材の発掘を行っている。

江島市長(下関市)は、下関ブランドをどのように設定して売り出すのかについて検討している事例を報告した。審査員が厳しく商品を検討したうえで、下関ブランド足りえる商品については「ようできちょる」という認定証を発行。特産品をブランド化して売り出す方策を検討している。また、三方を海で囲まれた下関において、積極的にフィールドミュージアム構想を検討している。

続くパネルディスカッションでは、大西教授と3市長に加えて池邊氏(ニッセイ基礎研究所)と武内教授(東京大学大学院)がこれからの都市計画についての意見を戦わせた。議論は大まかに「権限委譲について」「人口減少について」「農村部の過疎化について」という3点について展開した。

権限委譲については、各パネリストともまだまだ十分とはいえないという共通認識であった。実際に地方のメリットになるような権限移譲ができているとは思えない。地元の市は地元の実情をよく把握している。地元市に権限と財源を移譲し、首長自ら地元市の将来に関する計画を決定できるようにしてもらいたい、という意見が主流を占めた。一方、中心市街地活性化のために、一度郊外へ引越しした市庁舎を再度中心市街地近くへ戻すという動きがあることが紹介された。ただし、従来のように新しい市庁舎を建て直すのではなく、空き店舗をバラバラに借り受けて市庁舎の機能を付与するものである。

人口減少については、大西教授が「基本的に回復すべき問題である」という意見を表明した。伊藤市長は人口を増やすのに必要なこととして職場の創出を挙げている。仕事が無ければ人口は増えないという視点に立ち、人が集まりそうなアトラクションの開発に余念が無い。江島市長はユビキタス技術を用いて高齢者や乳幼児の安全や安心を守っていきたいと述べた。

農村部の過疎化については、これまでのように「農村部は都市になる前の段階」という認識に立つのではなく、農村部自体が持っている価値を見つけ出して都市との交流に利用するという立場が重要になるだろうとの指摘がなされた。特に都市部で育った子どもたちに聞くと、過疎化しているような農村部での仕事に大きな魅力を感じているようだった。農村集落を見て、「ああいう風に仕事がしたい。あんな風に生きたい」という具体的な目標像を描く大学生を増やすために何ができるのか。農村部の過疎化については、都市との関係も考慮しながら計画を立案することが求められる。

僕が非常勤として勤めている神戸の研究所では、特に多自然居住地域における安全と安心について研究を進めている。多自然居住地域における危険や不安はある程度把握しつつあるものの、そもそもどのあたりからが都市でどこからが多自然居住地域なのかという話になると明確な定義はなされていない状態である。また、多自然居住地域と都市域との関係を考える上で、多自然居住地域を都市への発展途上として考えるのではなく、多自然居住地域独自の魅力や新たな位置づけを明確にする必要がある。そのうえで、都市と多自然居住地域の積極的な交流方策について検討し、都市部の若者が多自然居住地域で自立的な生活を営めるような仕組みについて考える必要性を感じた。同時に、多自然居住地域を抱える自治体が独自の施策を実施することができるよう、財源と一体となった実質的な権限移譲が不可欠だと感じた。そのことが、多自然居住地域における現段階の危険や不安を取り除くひとつの要因になるのだろう。

山崎