2008年1月25日金曜日

属人型まちづくりの引き継ぎ方

午前中は大阪府岸和田土木事務所にて、泉佐野丘陵緑地(仮称)の運営計画に関する打ち合わせ。
午後から、株式会社ヘッズの田中康さんに、芦屋公園の指定管理者としてどんなことに取り組んでいるのかをヒアリング。
夕方からは大日6丁目商店街の城戸会長に、商店街が取り組むまちづくりに関するヒアリング。城戸会長には夜10時30分までヒアリングに応じていただいた(感謝)。とても熱意を持った方で、この人がいるからまちづくりがうまく進んでいるんだな、と実感できる話だった。

成功しているまちづくりにはいくつかのタイプがあるように思う。そのうちのひとつが「キーマンが活躍する属人的発展型まちづくり」だといえるだろう。熱意のある人が中心になってまちづくりの活動や人脈などが広がっているタイプである。アサザプロジェクトの飯島さん、多摩ニュータウンの富永さん、そして大日6丁目の城戸さんは、それぞれこのタイプのキーマンである。

こういう人と話をしているといつもワクワクするし、自分のプロジェクトを省みつつ「まだまだできることがあるなぁ」と新たな発想を得ることができる。その一方で、属人型のまちづくりはキーマンの存在が重要すぎて、その活動をどう後世へ伝えていくのかが難しいことを実感する。

飯島さん、富永さん、城戸さんが、どのように後進を育ててプロジェクトを引き継ぐのか。NPOやまちづくりが一通り出揃ったこれからの社会では、重要なプロジェクトの引き継ぎ方が重要になると考える。価値のある活動だけに、1代限りで終わってしまうのは実に惜しい。その意味では、大企業がどのように創業者から2代目社長へ経営権を引き継ぐのか、などという事例が参考になるのかもしれない。

山崎

2008年1月24日木曜日

卒業制作とは恥ずかしいものである

この2日間、京都造形芸術大学の卒業制作審査会に出席した。建築デザインコース、ランドスケープデザインコース、地域デザインコースの3コースが合同で行う公開審査会である。大学生活4年間の集大成であり、1年間かけて作成してきた作品であると思うと、いずれも物足りないものばかりだったといえよう。同じ学生に同じ作品を3ヶ月でつくれといえば、きっと仕上げただろうと思える程度の作品ばかりだった。

実際、彼らが真剣に制作に取り組んだのは最後の1ヶ月間だっただろう。残り2ヶ月くらいはテーマ探しや基礎調査に費やしたとしても、合計3ヶ月で完成させられる程度の作品だというのは大げさな表現ではない。1年間あれば、もっと深く考えられるし、もっといろいろ表現できるし、もっと詳しく説明できるはずである。

このことは、学生の時間の使い方に大きく関係しているように思う。彼らに必要なスキルは、設計の方法や発想の奇抜さではなく、時間の使い方でありスケジュール管理の方法なのだということを感じる。いつまでに調査を終えるのか、いつまでにテーマを設定するのか、いつまでにどれくらいの図面を用意するのか、いつまでにプレゼンテーションパネルをどの程度作成するのか。そういうスケジューリングが重要であり、スケジュールに基づいて行動する力が求められる。

もうひとつ重要なスキルはプレゼンテーションスキルである。たとえ3ヶ月分の内容だったとしても、それを十分に相手に伝えることができればある程度の感動を与えることができるはずだ。ところが彼らは、3ヶ月分の作業内容を1週間分の作業内容に見せるようなプレゼンテーションを行う。伝えるべきことの半分も伝えられていない。逆に、伝えなくてもいいようなことに時間を使いすぎて、発表時間の終わりごろにやっと本題に入ることが多い。これはあまりにもったいないことである。

卒業制作のゼミを担当する場合、上記2点に徹するだけで学生の作品レベルはかなり上げられると思う。ただし、それは概ね作品の見栄えを上げるためのスキルアップである。本質的に卒業制作期間を通じて学生に伝えるべきことは「真剣に悩むこと」なんだと思う。極論すれば、「恥ずかしい結果を残すこと」であり、卒業制作を「トラウマ」にすることだといえよう。

社会に出たほとんどのデザイナーにとって「卒業制作」とは恥ずかしいものであり、改良すべき点が無数にあるものであり、できれば穴を掘って埋めておきたいものである。そんな「トラウマ」があるからこそ、それを乗り越えようとして実務に邁進することができる。人生の節目節目に思い出しては苦笑いし、今の自分は卒業制作のテーマに対してどんな回答を与えるだろうか、と自問自答する対象である。そんな卒業制作になれば、結果はどうであれ「これからの人生に効く」卒業制作となるだろう。こぎれいなパネルを作って、ちょっとした理論を構築したくらいで卒業制作の結果に満足してしまうと、その後にはあまり成長が望めない。卒業制作とは、本人が満足してしまうとマズイものなのである。

だから僕は「満足のいく卒業制作ができた」という言葉をあまり信用していない。どこまでも不満で、いつまでも恥ずかしいものこそ、卒業時の制作としてふさわしいのだと思う。

上記のようなことを考えながら、今年度の山崎ゼミを進めてきたつもりである。設計の手順を教えるわけでもなく、図面表現を教えるわけでもなく、スケジュールを管理するわけでもなく、プレゼンテーションの方法を教えるわけでもない。それらは、必要なら本人たちがどこかで学んでくればいいことである。むしろ、必要な議論に応じ、適切な疑問を投げかけ、しかるべき悩みを増幅させる。成果品に対しては、至らない点をたくさん指摘する。

大学4年の学生に対して僕ができることというのは、きっとそういうことくらいなんだと思う。

山崎

2008年1月23日水曜日

政治家への近道は松下政経塾ではなく吉本興業なのか

大阪府知事選に橋下氏が当選した。38歳だという。いろんな不安はあるものの、知事としてはちょうどいい若さだと思う。若い知事にはできないことがたくさんあるだろうけれど、若い知事にしかできないこともまたたくさんある。にも関わらず、できないことばかりが強調されて、これまで30代の知事がほとんど誕生しなかった(橋下氏が戦後4人目だという)。経験が無ければ分からないことは、人生経験豊富なブレーンたちと相談すればいい。けん引役は、やっぱり若いほうがいいと思う。その意味では、知事というのはそもそもタレント的な要素を持っているものなのかもしれない。

ただし、タレントが軒並み当選するという昨今の選挙には首を傾げたくなるところが多い。有権者の判断に対して首を傾げたくなるのである。橋下氏も政策は強調せず、とにかくイメージ戦略で攻めたと公言する。政策というのは、とかく小難しくなるから、結局知名度と分かりやすさのイメージが重要になるのだろう。しかし、政治家が政策ではなくイメージだけで勝負できてしまうのであれば、当選後の政策にはほとんど期待できないし、そもそも期待してはいけないことになる。何しろ、有権者はイメージだけで投票しているのだから。「それでもいい」と考えての有権者判断なのだろうか。それとも、そんなことはほとんど考えていないのだろうか。

「選挙のデザイン」についても、同じような構図が当てはまりそうだ。僕は現在大阪府民ではないのだが、今回の「大阪府知事選挙選挙公報」を見る機会があった。新聞みたいなモノクロの紙で、すべての候補者が提出した原稿が掲載されたものである。そこには、顔写真やプロフィールや本人の主張や公約が掲げられている。

そのデザインが、いずれも「オシャレ」なものではないということが気になった。当選した橋下氏をはじめ、有力な候補者だった熊谷さんも梅田さんも、いずれもクールな紙面デザインではなく、分かりやすく、どこかで見たことのあるような、普通のデザインなのである。どちらかと言えば、わざと少しダサくしたようなデザインである。

そういえば、選挙のポスターや選挙公報については、カッコよくデザインされたものをあまり目にしない。その必要が無いのだろうか。最先端のデザインの力は、そこに効力を発揮しないのであろうか。

オシャレなデザインというのは、そのオシャレさゆえに人々との間に少し距離を作り出す。オシャレなレストランやセレクトショップなどに入るときの緊張感が典型的である。ちょっと特別なイメージをつくりだし、ユーザーの日常からの距離感を作り出す。この効果は、選挙公報やポスターに求められない種類の効果なのかもしれない。むしろ、親しみのわく、距離感を縮めて感じさせてくれるようなデザインが必要なのだろう。ちなみに、選挙公報の橋下氏の欄には、本人がラグビーボールを持って走るイラストが掲載されている。いわゆる有名デザイナーが絶対にやらないデザインである。

ひょっとしたら、現代の選挙というのは「一流」を隠すことが重要なのかもしれない。一流の政治家が政策を戦わせようとしても選挙に負ける。そんなに小難しいことは有権者に伝わらないからであり、そもそも有権者のほとんどが小難しいことを知りたがらない。それよりもタレントで知名度が高いことが重要なのである。小泉元首相のような劇場型の政治家がウケる。同様に、一流のデザイナーがデザインしたオシャレな広報は有権者にウケない。有権者は、もっと既視感の高いデザイン、どこかで見たことのあるような「親しみやすい」デザインを求めている。そういうことなのかもしれない。

しかし本当にそれでいいのだろうか、と首を傾げたくなるのである。

山崎

2008年1月18日金曜日

OSOTO編集会議

昼間は神戸の研究所へ。夕方からE-DESIGNにてOSOTOの編集会議。次回の特集は「公園」。OSOTOの本丸である。特に、公園をうまく使いこなしている人や、お気に入りの公園を持っている人などをフォーカスする。また、公園を核にして地域へと活動を広げている人や、かつては工場や基地だった場所を公園にした人などについても掲載する。

今回の特集は、僕らにとってホームグラウンドともいえる公園だけあって、話題がかなり豊富である。取材対象を絞るのが大変なくらいネタが多い。面白い特集号になりそうだ。

山崎

2008年1月17日木曜日

造形大2回生演習

午後から、京都造形芸術大学2回生の演習。明日が合評なので、学生たちはただただ作業するのみ。多くの学生が今日は徹夜で作業することになるようだ。自分のデザインをしっかりと説明し、コメンテーターの先生方から少しでも多くのコメントを引き出して欲しい。

課題のテーマは「ランドスケープカフェ」。









山崎

2008年1月16日水曜日

アーバンスタイルラボ

夕方からスタジオにて「アーバンスタイルラボ」の打ち合わせ。
杉本さん(大阪府産業デザインセンター)、藤本さん(京都市立芸術大学)、山根さん(山根エンタープライズ)、藤井さん(大阪府)、八木さん(応用社会心理学研究所)が、それぞれ食べ物を持ち寄って集合する。

なかでも、山根さんが持ってきた巨大焼芋は圧巻。スタジオのスタッフも一緒に食べましたが、結局食べきることができませんでした(笑)。





山崎

過激な未来像

昼から、21世紀文明セミナーにて限界集落の話をする。参加者は概ね60歳以上と見受けられる「人生の大先輩」たち。

話し終わった後の質問時間に、これから限界集落はどうなっていくのか?という問いがあった。「いずれ消滅するでしょう」という話に加えて、「長い眼で見れば集落だけでなく中小都市も消えるでしょう」と言った。県民の反応が見たかったから、あえて過激な未来像を提示してみたのだ。

ところが、予想に反して会場の方々は「そうだろう」という表情なのである。集落を存続させるために近隣の中小都市とネットワークしたところで、その中小都市も現在大変疲弊している。長い眼で見れば、中小都市も消滅するのではないか。すでにそんな気持ちがみんなの心の中にあったということだろう。

県民はすでに感じ取っている。関西で言えば、京都、大阪、神戸といった大都市以外の中小都市や集落はことごとく消滅する。そんな極端な未来像を、「別に極端ではないと思いますよ」とうなずいて受け入れることができる人たちがこれほどいるとは思わなかった。「なんてことを言うんだ!」「信じられない!」といったお叱りや反論をいただくのかと思っていた僕にとって、中小都市も含めた集落がすべて消滅するという未来像をすんなり受け入れたセミナー参加者に驚かされた。同時に、「こういう人たちとなら本質的な議論ができそうだ」と感じた。

山崎