2007年2月19日月曜日
「自然享有権」
そんなシクミが、実はスウェーデンにもあるということを知った。スウェーデンには、自然享有権という権利があって、これが法律で守られているという。
自然享有権(アッレマンスレット)というスウェーデン語は、スウェーデン人が生まれながらにして自然を楽しむ権利を持っているという意味を含むそうだ。この精神に則って、スウェーデンでも他人の庭園や農園を通り抜けることができるのだという。自分の土地でなくてもオープンスペースを楽しむことができるというのは、現代の日本人にはほとんど無い発想だといえよう。日本でも最近オープンガーデンが一般的になってきたものの、さらに進めて庭園を誰でもいつでも横切ることができるというところまで行き着いてほしい。そうすれば、オープンスペースのマネジメントやデザインもこれまでのものとは違ってくるはずだ。「自然享有権」という言葉は、スウェーデンに留学していた女性が教えてくれた言葉である。彼女には、雑誌「OSOTO」の「海外おそと事情」という記事を書いてもらうことにした。自然享有権に関する具体的な事例は、ぜひOSOTOの第2号をご覧いただきたい。
山崎
2007年2月9日金曜日
「情報デザインの重要性」
はじめに渡辺氏(ライター)から、縮小する時代における情報デザインのあり方についての問題提起がなされた。高度経済成長期におけるマスメディアは、より多くの人に同じ情報を伝えることが最大の特徴だった。しかし、都市が縮小する時代には、情報デザイン自体が重点を変えなければならない状況が生じることになるだろう。そのとき、これまでとは違った情報デザインのあり方が求められることになる。特に人口が少なくなる世の中においては、コミュニティのあり方とその情報デザインが大切になる。そのことを意識した上で、コミュニティに根ざした情報デザインというものがどのようなものであるかを議論したい、との趣旨説明がなされた。なお、今回のシンポジウムにおける情報デザインはIT系の技術ばかりではなく、広い意味で何らかの情報を伝達することのできる手法を提案するものとする。
続いて、加藤助教授(慶應義塾大学)によるフィールドワークの手法とその情報デザインについての説明があった。加藤氏は、まちづくりに不可欠な3つの主体(わかもの、よそもの、ばかもの)について言及し、大学が地域のまちづくりに関わることの可能性を示した。大学生は、地域において「わかもの」「よそもの」「ばかもの」になることができる。そのためには、学生が地域に興味を持ち、まちづくり活動に加わるきっかけになるツールが必要となる。加藤氏が用いるツールは「フィールドワーク」「プチインターンシップ」「ポストカード」「ポッドキャスト」などである。フィールドワークを通じて地域をしっかり観察し、プチインターンシップを通じて地域の活動に参加し、ポストカードで地域の特性を整理し、ポッドキャストで情報を発信する。加藤氏は意図的に「小さなメディア」を使って情報発信することにしているという。まちに住む人がまちを説明する。その声を録音してポッドキャスティング配信する。小さなメディアを活用することによって、顔の見える関係性を新たに構築する可能性を示唆した。実際に加藤氏は柴又、金沢、坂出のまちづくりに学生とともに参加している。
杉浦氏(NPO横浜コミュニティデザイン・ラボ)は、まちづくりには必ず何人かのキーマンが存在することを指摘した。こうしたキーマン同士が出会うことによってまちづくりの段階は大きく飛躍することが多い。この点に着目し、キーマンが主宰する地域のイベント情報を共有財とするための「地域新聞」を紹介した。地域のイベントを「いつ誰がどこで開催するのか」を集めたポータルサイト的な地域新聞の存在は、まちのキーマンが出会う機会を提供し、さらなるまちづくり活動への展開を期待させるものである。また、コミュニティデザインは、各個人の「自分事」と「他人事」との間にある「自分達事」であるとの発想から、重要な「自分達事」を編集して情報発信するメディアのあり方についても言及した。特にグリーンマップや「関心空間」など、web2.0のツール(SNSやSSRなど)を活用した「自分達事」の編集方法は、これからのまちづくりを新しい段階へと進化させる可能性を持っていると指摘した。
鳥巣氏(千葉大学大学院)は、個人に着目したまちづくりの事例を紹介した。任意の市民の顔写真を使ったポスターをつくり、まちの将来についての希望を沿えてまちの主要駅に掲示する。100人近い人のポスターが掲示されると、駅を利用する人たちのなかに知り合いがいる確率は相当高くなる。駅に掲示されているポスターを見たことがきっかけで久しぶりに連絡を取り合う人が現れたり、まちの将来像について語りあうきっかけになったりする。こうした個人に着目したまちづくりの方向性は、web上で展開されている人と人との結びつきとは違ったアナログな、しかし力強い結びつきをまちに作り出すこととなる。こうした取り組みと同時に、まちづくりに関するイベントやコンペティションを実施することにより、更なる個人を浮き立たせて結びつけるまちづくりのあり方が提示された。
最後に、コミュニティデザインにおける各段階に応じたコミュニティウェアを開発することの重要性について議論された。コミュニティデザインには「発見と評価」「共有と編集」「参加と創造」「持続と発展」の各段階が存在する。これらの段階に応じて、グリーンマップや関心空間、シナリオ法、ソーシャルネットワーキングサービス、メソッドカード、ブログなどを使い分ける必要がある。我々が手に入れた新たなツールを適切な段階に適用することによって、まちづくりを新たな段階へとステップアップさせることができるのではないか、という可能性が提示された。
僕たちが堺市で行った「環濠生活」や家島町で実施している「探られる島」なども、活動を情報のデザインをつなげて新たな局面を生み出そうとするプロジェクトである。実際に、どのプロジェクトからも新しいプロジェクトが生まれ、新しい人と知り合うことができている。情報をデザインすることの重要性を再認識する機会を得た。特に加藤氏のアプローチには激しく共感した。偶然の一致かもしれないが、用いているツールも目指しているところも共有できているように感じた。上京する際には、もう一度加藤氏に会っていろいろ話をしてみたいものである。
追記:その後、加藤氏から自身の研究室でまとめたポストカード集や小冊子などが送られてきました。そのいずれもが大変興味深い取り組みであり、studio-Lのスタッフ一同で何度も読み直しました。大変貴重な資料をお送りいただきありがとうございました。一度、食事にでも行きたいですね>加藤さん。
山崎
2007年2月4日日曜日
「すべてを計画しつくさない」
はじめに、木下氏(設計組織ADH)から日本における人口減少期の特徴とその課題についての整理がなされた。木下氏はそのなかで、日本における人口減少期の特徴を少子高齢社会であることとし、特に高齢者が集まって住む際の空間構成について言及した。高齢者のコレクティブハウジングについては、居住者全員の目線が届く中庭を設けることにより、毎日誰かと顔を合わせることができる集住の形態を提案する。また、高齢単身者や高齢家族だけでなく、障害者や一般家族など多様な家族構成が一緒に暮らすコレクティブハウジングが重要だと指摘する。さらに、コレクティブハウジングの設計ポイントとして、歩車分離を徹底し、基本的に歩行者や自転車を優先する平面配置とし、歩行者用通路で各住宅をつなぐことなどを挙げた。さらに、各住戸のキッチンを歩行者専用通路に面して配することによって、通路に常時住まい手の目線がある状況を作り出すことなどを提案した。同時に、24時間水道を使わなかった場合に管理センターへ連絡があるなど、独居老人のケアなどについても新しい提案がなされた。
続いて林氏(ベネッセコーポレーション)は、ベネッセで有料老人ホームの企画に携わってきた経験を通じて、地域に開かれた老人ホームのあり方について提案した。有料老人ホームをつくると、数年の間に半径3kmくらいの生活圏域ができあがる。その後は、時間が経っても圏域は広がらないことから、老人ホームにとって半径3kmという数字がコミュニティのサイズを示しているのではないかとの指摘がなされた。ということは、逆に有料老人ホームの入居者を募集する際でも、半径3km内のターゲットに絞ってマーケティングを考えればいいということになる。そこで、有料老人ホームをオープンさせてからでも、ホームに本屋さんや靴屋さんを一時的にホームへ呼び込んで、入居者のニーズを満たすイベントなどを実施している。このイベント準備として地域の本屋さんや靴屋さんにホームまで来てもらうよう要請するのだが、事後には本屋さんや靴屋さんが他のお客さんにホームのことを伝えてくれるようになるという宣伝効果がある。こうして、半径3km以内に生活圏域をつくり始めれば、有料老人ホームに入居したいという人が次第に地域の中から現れてくる、というのが林氏の経験だと言う。
都築氏(編集者)は、都市は思いのままにならないということの面白さを指摘した。人口減少時代には特に都市は思うとおりにならないのだから、建築家や都市計画家が思う方向とはまったく違った方向に都市は向かい始めるだろう。そのとき、建築家や都市計画家はいったい何ができるのか。都築氏は、どこまで計画者が介入するべきで、どこから先は介入すべきではないのかを見極められる人の存在が重要だと述べた。都市は、つくり手が考えている方向とはまったく違う方向に動き始めている。建築家や都市計画家はこれにどう対応すべきか/対応せざるべきか。人口減少期には、もう一度そのことを問い直したほうがいいのではないか、と語った。
日本における人口減少時代の特徴を少子高齢社会であると認識するのであれば、高齢者の生活に関する問題点、高齢者と社会との関係性に関する問題点などを解決する必要があるだろう。その際のキーワードは、「すべて計画しつくさない」ということ。多自然居住地域の高齢者であっても都市部の若者であっても、計画者が意図した計画の枠内に収まって「生活させられる」のでは、いつまで経っても主体的な活動には近づかない。いかに生活者中心の生活空間を構築するのか、ということが今後の計画論における大きな課題になることを実感した。
山崎
2007年1月28日日曜日
「人口減少時代の都市」
はじめに大野教授(東京大学大学院)から「都市が縮小する時代の特徴」の整理がなされた。都市が拡大した時代と違って、都市が縮小する時代にはいかに豊かな時間を過ごすための空間を準備すべきかが課題になる。これまでの効率的な空間管理や空間整備から、人々が「いい時間を過ごすことができた」と思えるような価値をどのように生み出すのか。都市が縮小する時代のデザインは、このことを体現させるものでなかければならないとの指摘があった。
続いて、日高特任助手と山代助手(ともに東京大学大学院)による「空間占有のマネジメントから時間価値の創造へと移るアーバンデザインの手法」についての発表がなされた。大野先生の指摘する「いい時間を過ごしたと思える価値」を創造するために彼らが用いる手法は大きく3つに分かれており、それぞれ「インスタレーション」「コラボレーション」「パフォーマンス」と呼ぶ。「インスタレーション」は場所の文脈を尊重し、既存の空間との呼応のなかでその状況に少しだけ介入することによって最大の効果を生み出そうとする手法。「コラボレーション」は主にコミュニケーションのデザインであり、新しい合意形成のための手法。多様な主体がコラボレーションする場合には、共通言語としてのメディアが必要になることが多い。またトライ&エラーを繰り返す都市実験(社会実験)の可能性を探る必要がある。特にこれまで失敗が許されなかったアーバンデザインにおいては、いかにエラーを許容して次の成功へと結びつけるか、という思想が求められる。「パフォーマンス」はまさに時間のデザインであり、それを経験する人にとって最高の価値を与えるイベントを実施する手法。単なるイベントではなく、持続可能なイベントの連続体としてのシステムをつくりあげることが求められる。同時に、イベントの内容についても新たなアクティビティを誘発するようなものであることが望ましい。以上3つの手法を用いながら、これまでの硬直的で合理的なアーバンデザインを時間価値創造のアーバンデザインへと変貌させることが、都市が縮小する時代に求められることだと結論付けられた。
一方、梶原氏(都市デザインシステム代表取締役)からは、高度経済成長期とは違った都市開発の事例が多数紹介された。既存の古いホテルをリノベーションして再生させた「ホテルクラスカ」や沖縄やベトナムにおける「森を増やすリゾート開発」など、これまでの自然破壊型開発とは違ったデザイン手法が示された。
田中氏(春蒔プロジェクト主宰)からは、アーティストやデザイナーが共有して使うワークスペースの提案や、既存の公園や緑地に乗り付けて必要な機能を提供するトレーラーの提案など、縮小する都市に必要な「共有(シェア)」の概念に基づいたアーバンデザイン手法が提示された。
岩本氏と墨屋氏(ともにボートピープルアソシエーション主宰)からは、使われなくなったバージ船を利活用したカフェや庭や会議スペースのプロジェクトが紹介された。多様な機能を付加されたバージ船が複数集まれば、海上にひとつの街をつくることができる。この移動可能な街こそが、陸上交通が寸断されてしまう震災時などに役立つのではないか、という提案がなされた。
今回のシンポジウムで発表されたように、柔軟なアイデアを活用しながら、膨大な行政負担をかけずに、民間の力をうまく組み合わて人口減少時代の都市経営に関する具体的な施策を展開することが重要である。人口減少時代の都市を考える際の前提条件が、成長時代とはまったく変わってしまっていることを改めて実感したシンポジウムだった。
山崎
2006年11月29日水曜日
「ランドスケープデザインの政治的側面」
山県有朋はランドスケープデザイナーか。本気で美しいランドスケープを創造したいと願うのであれば、ランドスケープデザインを志すものは政治家になるべきなのかもしれない。議員立法で景観法を提案すべきなのである。京都に疎水を引き込むべきなのである。そして、自分の庭を自分でデザインすべきなのである。
風景をデザインするためのスキルを携えて、声がかかるのを待つという態度。これが本気でランドスケープをデザインしようとするものの態度だろうか。デザインしようとしている対象が「風景」という広がりを持ったものである場合、その作業はきわめて政治的な手腕を要することになるだろう。風景をデザインする枠組みをデザインすること。それは政治家の仕事であり、同時にランドスケープアーキテクトの仕事だと言えるのではないだろうか。
そういえば、オルムステッドはきわめて政治的な駆け引きがうまい人だったと聞く。ランドスケープアーキテクトという言葉が生まれたときから、その職能は既に政治的な要素を内在していたようだ。政治的なスキルを持たないランドスケープデザイナーは、「ランドスケープデコレーター」と名乗ったほうが適切なのかもしれない。
あなたがデザインしようとしている対象は風景なのである。
山崎
2006年6月18日日曜日
「計画された偶然性」
この本の主張はきわめてシンプルだ。人生のキャリアは、自分がデザインしたとおり実現するものではない。キャリアデザインに固執しすぎて、突然目の前に現れたチャンスを掴み損ねるのはもったいないのではないか。むしろ、常にオープンマインドな状態を維持し、新たなチャンスに遭遇する機会を計画的に作り出し、チャンスに遭遇した際にはすぐそれに飛び乗れる準備をしておくこと。これこそが、偶然性をうまく利用したキャリアデザインだといえるのではないか。。。
多くの人の職業選びに関する実例を挙げて、生き方がどれだけ「偶然性」に左右されているのかを分かりやすく示してくれる本だった。最近、僕が考えていたこととぴったり一致する内容である。
自分が何に満足するか。その内容は常に変化し続けるだろう。たまたま僕らは22歳くらいで職業を選択することになっている。あるいは高校を卒業した18歳か、専門学校や短大を卒業した20歳か、大学院を修了した24歳で職業を選択する。そのとき、たまたま興味を持っていたことが基準となって、僕らは職業を選択することになる。
たまたまデザインに興味があったから、デザイナーを目指してアトリエ事務所に就職したとしよう。その情熱は、一体何歳まで持続するものだろうか。就職した後も、僕らはいろんな刺激を受け続ける。僕らを取り巻く環境だって変化する。そんななかで、50歳、60歳になってもまだデザインが好きでいられるだろうか。
ある調査によると、18歳のときに考えていた職業に就いているという人は全体の約2%しかいないのだという。「将来の職業をいま決める」というのは無駄なことではないか、と疑問に感じる数字である。将来、僕らにどんなチャンスやアクシデントが訪れるか予測することはできない。それなら、常に新たなチャンスや新たな興味の対象にアプローチできるような準備をしながら、現在の興味に基づいて仕事を続けるのが得策だといえよう。キャリアデザインはオープンスコアにしておくべきなのかもしれない。
クランボルツ教授はこう書いている。「『大きくなったら何になりたいの?』たいていの人は、子どもの頃にこの質問をされた経験があるでしょう。(中略)この質問は、トレーニングを受けた大人(エコノミスト、証券のディーラー、気象学者、政治アナリストなど)でさえ、将来を正しく予測することは難しいという現実を無視して、子どもが将来を予測できると想定した質問です。毎日たくさんの想定外の出来事や偶発の事態が起こり、将来を正確に予測することは不可能です。」
さらにこう続けている。「高校生や大学生になると、将来の職業を宣言しなければならないというプレッシャーはさらに増します。分別を持ち、素直に、ひとつの職業に決めてしまうことを拒否する生徒もいます。そうすると、彼らの先生や両親は大いに失望し、彼らに『優柔不断』、さらに悪く言うと『決断力が無い』というレッテルを張ります。やってみたこともないのに職業を決めることを彼らは期待されているのです。」
どの職業が楽しいのか。どの職場が自分に合っているのか。それは、実際に働いてみなければわからないことだろう。だから僕は、声をかけてもらった仕事は何でも試してみようと思っている。どんな仕事でも、考えようによっては面白いことになると信じている。実際にやってみてから、それが「今の自分」に合っているのかどうかを判断したいと考えている。だからこそ、「その先の目標」を設定しないまま、いろんなことに関わり続けているのである。
僕は職人になれるタイプではない。時代の変化に伴って、いろんな誘惑が僕をそそのかす。自分の知らなかった世界が目の前に現れる。そういうものどもを、僕はひとつずつ体感しながら生きていきたいと思っている。
山崎
2006年6月4日日曜日
「その先の目標」
建築家の青木淳さんが、建築文化の特集号でこんな文章を書いている。「ぼくのちょっと上の世代はどういうわけか『やりたいこと』がいっぱい詰まっているように見えて、こどものとき、ぼくはずっと劣等感を持っていた。いま君がいちばんやりたいのは何か。よくそう聞かれたものだ。ぼくはそのたびごとに、え、そうなんだ、皆はそういうことをしっかり持っているんだと、自分が情けなくなったものだった。でもいつ頃からだったか、その劣等感が薄れて、そのかわりに、最初から『やりたいこと』があるという言い方の方が嘘っぽく聞こえるようになってきた。」
青木さんはこう書いた上で、設計も同じだ、と続ける。「設計はそもそも、与条件に先立って『やりたいこと』があってもぜんぜんしようのない作業である。内部空間と外部空間の融合という『コンセプト』をいくらたててみたところで、厳寒の北海道では凍死するのがオチだ。いつも設計者を離れて受け入れざるを得ない事柄がある。それを前提として何をどうすればいいのか。それに臨機応変に答えていくのが設計である。設計をしていると自分が透明になるのを感じる。与条件が、透明になった自分を通り過ぎて、かたちをつくっていく。それが面白い。そこに発見がある。思わぬことが起きる。最初からある『やりたいこと』を目指すのではこうはいかない。」
設計にも人生にも言えることだが、そこには2つの態度があるように思う。ひとつは最初から「やりたいこと」が決まっていて、それに向かって邁進する態度。もうひとつは「やりたいこと」が与条件によって変化し、その時々によって方向性を変える態度。僕はどちらかといえば、設計も人生も後者のほうが好きなタイプだ。そのほうが面白い空間ができあがるような気がするし、面白い人生になるような気がするのである。
ところが、周りの人にとっては僕の態度が前者、つまり「やりたいこと」に向かって突き進んでいるように見えるらしい。「何を目指しているんですか?」と問われることが多い。
その問いには答えようが無い。むしろ僕が知りたいくらいだ。この先がどうなるのかは特に考えないまま、いま「楽しそうだ」「やりがいがありそうだ」と感じる方向へ進んでいるだけなのだから。結果的に「こうなりました」という説明はできるのだが、「こうなりたいから今これに取り組むのです」とはいえない。いま僕がしていることは、何かになるために取り組んでいるわけではないのである。
僕にそういうことを尋ねる人達だって、僕の将来を心配してくれているわけではないだろう。僕の活動が、自分の想定する人生観の内側にあるかどうかを確認してみたいんだと思う。そこで僕が明確に「これを目指しています!」って言い切れればいいのだが、残念ながら僕は特に目指しているものがないので、その期待に応えられない。
1年ほど前から独立した立場で仕事をするようになった。特に自分の城を築きたかったわけではない。いろんな事務所の人と面白いプロジェクトをたくさんやりたかったからだ。「独立した立場になったら一緒に仕事をしよう」と言ってくれた人がいたことが大きな理由だろう。今年の4月から社会人ドクターとして研究にも携わるようになった。僕が取り組んでいたプロジェクトのひとつが、たまたま研究室の研究テーマに合っていたことがきっかけだった。博士課程で研究することを薦めてくれた人がいたからやる気になったのである。
特任講師として京都の芸術系大学へ勤務することになった。それまで非常勤講師として関わっていた僕を、専任講師として関わることができるよう大学側に推薦してくれた人がいたから実現した。芸術系大学の学生と接することは僕にとっても大きな刺激になりそうだ、ということでお引き受けした。
非常勤講師として大阪の専門学校で授業を担当することになった。建築設計事務所に勤める先輩が紹介してくれたのでお引き受けした。建築系の専門学校で環境デザインを教えるという立場が気に入っている。
兵庫県が持っている研究所の非常勤研究員として、安心・安全のまちづくりなどについて研究することになった。以前仕事でご一緒した先生が誘ってくれたことがきっかけである。その先生は経済学が専門で、僕たちとは違った視点から鋭い指摘をしてくれる。そんな先生が所長を務める研究所で研究ができるということなので、喜んで非常勤研究員をお引き受けした。
ここ1年の間に起きた変化を思い出しても、すべて「その先がどうなるのか」を想定していないことがわかる。誘ってくれたり紹介してくれたりする人がいて、それが面白そうだと感じたから引き受けた、というのがほとんどである。その結果どうなるのかというのは何も想定していない。というか、僕には想定しようがない。どうなるのかがわからないのである。僕にできることは、変化のきっかけを与えてくれた人達の期待に応えられるよう努力することだけだ。この人達には本当に感謝しているから。
人生の目標を設定して、それを達成するために計画的な生き方をすることができない僕の場合、せめて「面白そうだと感じたことに躊躇せずに飛び込む」という態度くらいは大切にしたいと考えている。
もちろん、「楽しいと思ったことをやるだけさ」という態度もいずれ変わるかもしれない。数年後には「やっぱり計画的な人生さ」と言っている可能性だってある。計画的な人生について語ることが楽しいと思えば、僕はきっとそうするだろう。適当な人生の目標を仮設定して。
山崎