2009年5月31日日曜日
日本へ
午前9時に空港へ。11時発の飛行機のためにチェックインする。が、荷物が重すぎるという。50パウンドが上限だが、本が重くて80パウンドになっている。急遽、近くのみやげ屋で鞄を買い、50パウンドと30パウンドに分ける。預ける荷物は2つまで受け付けてくれるとのことなので、最大で50パウンドの荷物を2つ預けられるということになる。さらに手荷物も2つ持ち込むことができるので、重い本などは手荷物にしてしまえばさらに持ち込める。今後の参考にしたい。運べる本の重さを知っておくことは大変重要である。
2009年5月30日土曜日
シーランチへ
11時にホテル前にスコットという男性が車で迎えにきてくれる。福西氏の知り合いでサンフランシスコの南1時間の場所にあるサンノゼに住んでいる人だという。スコット氏は母親が日本人なので、アメリカに住む人にしては珍しくとても丁寧なしゃべり方で親切な人だった。スコットの車に乗ってサンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを越え、北へ向かう。最初に到着したのはマリン郡の庁舎とコミュニティーセンター。この建物はフランク・ロイド・ライトが生前設計して、その死後に完成したもの。庁舎は中庭が吹き抜けで4層分を貫いており、天井のアーケードからは太陽光が各階に降り注いでいる。カーブを多用した優しい印象のインテリアで好感が持てる。地元の人たちも日本人がカメラを携えて来る理由が何なのかを知っていて、少し自慢げに建物の話をしてくれる。晩年のライトが肩の力を抜いて設計した建築が、地域の人たちに愛されていることを実感する。
その後、さらに車で2時間走り、念願のシーランチコンドミニアムに到着する。ここはランドスケープ・アーキテクトのローレンス・ハルプリンが敷地調査および敷地計画を立案し、建築物の三次元的なコードをつくり、それに基づいて建築家のチャールズ・ムーアがコンドミニアムを設計したというもの。同行したスコット氏が、ランドスケープアーキテクトの仕事はどの部分なのか?と訪ねるほど、ふつうの自然景観が広がっている。ハルプリンは、敷地全体の生態的な生物の生息状態や景観、風雨の影響や日光の季節変化などを調査し、どの場所にどんなサイズの建物を建てるべきかを決定した。森の中に建つものもあれば、断崖のそばに建つものもある。地面を彫り込んで半地下に建てるものもある。こうした「建て方」を決定することで全体のランドスケープを作りだし、ここの建築物の設計は建築家に任せる。これは理想的なランドスケープデザインのプロセスであるといえよう。必要ないのにストライプの床をつくったりグリッドの樹木を植えたりしなければお金がもらえないというタイプのランドスケープアーキテクトの仕事とは一線をかくす仕事であり、うらやましいタイプの仕事である。シーランチは何気ない自然があふれる場所で、ワイルドフラワーが咲くなかをのんびり歩いたり座ったりできるような小道が配されている。歩いていると、鳥やリスやシカに出会うなど、なかなか豊かな経験ができる場所だった。これまで何度と無く大学の講義で学生に説明してきたプロジェクトだったが、その場所がどんな空間なのかを実体験できたのは貴重なことだ。サンフランシスコからの距離を考えると、自分一人でたどり着くことは難しかっただろう。スコット氏と紹介してくれた福西氏に感謝したい。
帰りはサンフランシスコの手前の街で止まって夕食。スコット氏おすすめのタイ料理屋へ行く。またしてもアジア料理でホッとする。
その後、さらに車で2時間走り、念願のシーランチコンドミニアムに到着する。ここはランドスケープ・アーキテクトのローレンス・ハルプリンが敷地調査および敷地計画を立案し、建築物の三次元的なコードをつくり、それに基づいて建築家のチャールズ・ムーアがコンドミニアムを設計したというもの。同行したスコット氏が、ランドスケープアーキテクトの仕事はどの部分なのか?と訪ねるほど、ふつうの自然景観が広がっている。ハルプリンは、敷地全体の生態的な生物の生息状態や景観、風雨の影響や日光の季節変化などを調査し、どの場所にどんなサイズの建物を建てるべきかを決定した。森の中に建つものもあれば、断崖のそばに建つものもある。地面を彫り込んで半地下に建てるものもある。こうした「建て方」を決定することで全体のランドスケープを作りだし、ここの建築物の設計は建築家に任せる。これは理想的なランドスケープデザインのプロセスであるといえよう。必要ないのにストライプの床をつくったりグリッドの樹木を植えたりしなければお金がもらえないというタイプのランドスケープアーキテクトの仕事とは一線をかくす仕事であり、うらやましいタイプの仕事である。シーランチは何気ない自然があふれる場所で、ワイルドフラワーが咲くなかをのんびり歩いたり座ったりできるような小道が配されている。歩いていると、鳥やリスやシカに出会うなど、なかなか豊かな経験ができる場所だった。これまで何度と無く大学の講義で学生に説明してきたプロジェクトだったが、その場所がどんな空間なのかを実体験できたのは貴重なことだ。サンフランシスコからの距離を考えると、自分一人でたどり着くことは難しかっただろう。スコット氏と紹介してくれた福西氏に感謝したい。
帰りはサンフランシスコの手前の街で止まって夕食。スコット氏おすすめのタイ料理屋へ行く。またしてもアジア料理でホッとする。
2009年5月29日金曜日
アーキテクチュア・フォー・ヒューマニティへ
11時からクリッシーフィールドにて、ゴールデンゲート国立公園局のボスだったブライアン・オニールのセレブレーションに参加する。ゴールデンゲート国立公園局の管理責任者であったブライアン氏は、NPOとの協働をはじめ、地域の団体や青少年組織、学校など、いろいろな組織とのパートナーシップを駆使してパークマネジメントを展開した人である。残念ながら、5月14日に亡くなってしまったため、クリッシーフィールドでその偉業を称えるセレブレーションが開催された。
クリッシーフィールドに設置された仮設テントには2000人以上の人が集まった。パークマネジメントに関わった人が次々に壇上へ上がり、ブライアン氏の仕事を評価し、別れを惜しんだ。青少年協会、教育委員会、日本人協会、YMCA、ボーイスカウト、近隣の連合自治会など、さまざまな団体の代表者がブライアンとの思い出を語る。その都度ごとに、会場に集まった人たちのなかの関係者が立ち上がる。新しい代表者が出てくればくるほど立ち上がる関係者が増えていき、最後の代表者が話すころには会場に集まった全員が立ち上がって黙祷する。ブライアン氏がどれほどパートナーシップにこだわったのか、どれほどの人間と結びついていたのか、どれほど魅力的な人だったのかがよくわかるセレブレーションだった。日本にはまだこの種の人はいないように思う。国立公園管理局につとめながら、各種団体と結びついてパートナーシップに基づくパークマネジメントを展開し、多くの人から愛されたコーディネーター。この人の生き方に学ぶことはとても多いと感じた。
16時から福西氏と合流して、アーキテクチュア・フォー・ヒューマニティのキャメロン・シンクレア氏へのインタビュー。世界中で30以上のプロジェクトを動かすキャメロン氏は、忙しいにも関わらず長い時間を使ってプロジェクトの説明や今考えていることなどについて語ってくれた。特にキャメロン氏が考えていることについては、ここ数日、福西氏と議論してきた「デザインの社会性とは何か」ということとほとんど同じで驚いた。同時代的に同じ問題意識を違う国で持っているということの不思議さと力強さを実感した。この種の仕事をする場合、その内容がこれまでの職能からずれたものになるがゆえに多くの横やりが入る。キャメロン氏は、ガンジーの言葉を引用して、正しいことをしようとすると「最初は無視され、次に笑われ、次に戦い、しかし最後には勝つ」わけで、自分はこれまで無視され、笑われ、いまは戦っているところだ、とした。事実、キャメロン氏の取り組みについてフランク・ゲーリーと議論したことがあるそうだが、ゲーリー氏は「君のやっていることにはデザインのオリジナリティが無い」と批判したという。僕が思うに、キャメロン氏はデザインのオリジナリティなど求めていないだろう。そのデザインが誰の何を救うことができるのか。彼の興味はそこにあり、みんなが気づかなかった課題見つけだしてデザインによってそれを解決することができれば、その形にオリジナリティが無くてもプロジェクト自体はとてもオリジナルなものになると思う。キャメロン氏は「ゲーリー氏だって昔は無視され、笑われ、戦ってきた人だろうにね」と笑っていた。


18時からキャメロン氏の事務所を出て、キャメロン氏の事務所につとめる女性スタッフが紹介してくれたレストランに向かう。その前にダニエル・リベスキンドがリノベーションに関わったユダヤ美術館を少しだけ観て、久しぶりにアジア料理ではない夕食を堪能した。
クリッシーフィールドに設置された仮設テントには2000人以上の人が集まった。パークマネジメントに関わった人が次々に壇上へ上がり、ブライアン氏の仕事を評価し、別れを惜しんだ。青少年協会、教育委員会、日本人協会、YMCA、ボーイスカウト、近隣の連合自治会など、さまざまな団体の代表者がブライアンとの思い出を語る。その都度ごとに、会場に集まった人たちのなかの関係者が立ち上がる。新しい代表者が出てくればくるほど立ち上がる関係者が増えていき、最後の代表者が話すころには会場に集まった全員が立ち上がって黙祷する。ブライアン氏がどれほどパートナーシップにこだわったのか、どれほどの人間と結びついていたのか、どれほど魅力的な人だったのかがよくわかるセレブレーションだった。日本にはまだこの種の人はいないように思う。国立公園管理局につとめながら、各種団体と結びついてパートナーシップに基づくパークマネジメントを展開し、多くの人から愛されたコーディネーター。この人の生き方に学ぶことはとても多いと感じた。
16時から福西氏と合流して、アーキテクチュア・フォー・ヒューマニティのキャメロン・シンクレア氏へのインタビュー。世界中で30以上のプロジェクトを動かすキャメロン氏は、忙しいにも関わらず長い時間を使ってプロジェクトの説明や今考えていることなどについて語ってくれた。特にキャメロン氏が考えていることについては、ここ数日、福西氏と議論してきた「デザインの社会性とは何か」ということとほとんど同じで驚いた。同時代的に同じ問題意識を違う国で持っているということの不思議さと力強さを実感した。この種の仕事をする場合、その内容がこれまでの職能からずれたものになるがゆえに多くの横やりが入る。キャメロン氏は、ガンジーの言葉を引用して、正しいことをしようとすると「最初は無視され、次に笑われ、次に戦い、しかし最後には勝つ」わけで、自分はこれまで無視され、笑われ、いまは戦っているところだ、とした。事実、キャメロン氏の取り組みについてフランク・ゲーリーと議論したことがあるそうだが、ゲーリー氏は「君のやっていることにはデザインのオリジナリティが無い」と批判したという。僕が思うに、キャメロン氏はデザインのオリジナリティなど求めていないだろう。そのデザインが誰の何を救うことができるのか。彼の興味はそこにあり、みんなが気づかなかった課題見つけだしてデザインによってそれを解決することができれば、その形にオリジナリティが無くてもプロジェクト自体はとてもオリジナルなものになると思う。キャメロン氏は「ゲーリー氏だって昔は無視され、笑われ、戦ってきた人だろうにね」と笑っていた。
18時からキャメロン氏の事務所を出て、キャメロン氏の事務所につとめる女性スタッフが紹介してくれたレストランに向かう。その前にダニエル・リベスキンドがリノベーションに関わったユダヤ美術館を少しだけ観て、久しぶりにアジア料理ではない夕食を堪能した。
2009年5月28日木曜日
クリッシーフィールドへ
昼からクリッシーフィールドへ。13時から、ゴールデンゲート国立公園局のジェイ氏のインタビュー。福西氏に同席してもらう。ジェイ氏はとてもいい人で、ゆっくりと丁寧な英語でプロジェクトを説明してくれた。また、こちらが必要とする資料などを後日送付してくれると約束してくれた。話を聞いていると、確かにクリッシーフィールド単体を扱うよりも、ゴールデンゲート国立公園全体のマネジメントについて調べるほうが興味深いということがわかってきた。特定のテーマがある場合、たとえば高校生と一緒に自然再生を進めるプログラムのあり方などについて調べるのであればクリッシーフィールドのプログラムは参考になるが、パークマネジメント全体ということになればゴールデンゲート国立公園全体のマネジメントを調べるほうがいい。その点については、クリッシーフィールドは全体の運営計画に基づいて動いているだけだということがわかった。
ジェイ氏のインタビューが終わった後、ふたたびクリッシーフィールドとフォートポイントを散策する。平日だが、多くの人が利用する公園となっているのがわかる。フォートポイントからトレイルに入ってゴールデンゲートブリッジのたもとまで登る。そこからプレシディオのパークセンターへ移動し、プレシディオ内に設置されたアンディー・ゴールドワージーのスピアという作品についての展示を観る。その後、プレシディオ内を歩いてスピアがある現地まで行く。大きく育ちすぎた杉の木を更新させるために切り、その代わりに新たな苗木を植える。光が入るようになった杉の森のなかに、切った杉の木の丸太を組み合わせてつくった巨大な槍を立てる、というのがアンディー・ゴールドワージーの作品だ。丸太をつくる際に発生した木屑はチップ化して苗木の周辺に蒔いてある。森林の更新を象徴化する作品だいえよう。アースワークの作家であるアンディー・ゴールドワージーの作品は、これまで作品集でしか観たことがなかった。今回はたまたま現地で観ることができたのだが、作品自体は写真集で観るのと大した差はないと感じたものの、その周囲の状況や細かい設えなどについてはたくさんの発見があり、それらの発見が作品のコンセプトを理解しやすくさせてくれていたのが印象的だった。作品集ではフォーカスすべきところに画像が集中してしまうのだが、そこから少し目を離したところにおもしろい発見がたくさんあるということを実感した。
夕食はジャパンタウンにてすき焼きうどん。相変わらずのアジア人である。
ジェイ氏のインタビューが終わった後、ふたたびクリッシーフィールドとフォートポイントを散策する。平日だが、多くの人が利用する公園となっているのがわかる。フォートポイントからトレイルに入ってゴールデンゲートブリッジのたもとまで登る。そこからプレシディオのパークセンターへ移動し、プレシディオ内に設置されたアンディー・ゴールドワージーのスピアという作品についての展示を観る。その後、プレシディオ内を歩いてスピアがある現地まで行く。大きく育ちすぎた杉の木を更新させるために切り、その代わりに新たな苗木を植える。光が入るようになった杉の森のなかに、切った杉の木の丸太を組み合わせてつくった巨大な槍を立てる、というのがアンディー・ゴールドワージーの作品だ。丸太をつくる際に発生した木屑はチップ化して苗木の周辺に蒔いてある。森林の更新を象徴化する作品だいえよう。アースワークの作家であるアンディー・ゴールドワージーの作品は、これまで作品集でしか観たことがなかった。今回はたまたま現地で観ることができたのだが、作品自体は写真集で観るのと大した差はないと感じたものの、その周囲の状況や細かい設えなどについてはたくさんの発見があり、それらの発見が作品のコンセプトを理解しやすくさせてくれていたのが印象的だった。作品集ではフォーカスすべきところに画像が集中してしまうのだが、そこから少し目を離したところにおもしろい発見がたくさんあるということを実感した。
夕食はジャパンタウンにてすき焼きうどん。相変わらずのアジア人である。
2009年5月27日水曜日
再びMIGへ
昼からバークレーのMIGへ。昨日古本屋で購入した大量の本もMIGに運び込む。
14時からはMIGのジョアン氏にアメリカにおけるパークマネジメントの動向を聞く。パークマネジメントは、単に公園を維持管理するための手法ではなく、公園を使う人たちの生活自体をサポートするためのものであるということを実感する。メタボリズム対策として運動するために公園を使う人がいるのであれば、その人にどんな運動がどんなダイエットに向いているのか、どの運動はどれくらいのカロリーを消費するのかを提示すること。さらにファーマーズマーケットを開催してダイエットに利く食べ物を紹介すること。また、運動方法や料理方法に関する講座を開催すること。これだけのことで、レクリエーションだけでなく健康福祉関係の施策にも寄与することができる。パークマネジメントは、レクリエーションだけでなく、健康福祉、教育、産業、環境など、プログラムの組み合わせ次第でいろいろな部局とつながって事業を展開することができる可能性を持っている。
さらに興味深かったのは、ジョアン女史はMIGで働く前までゴールデンゲート国立公園局で働いていたということ。ちょうど調べてみたかったクリッシーフィールドが位置しているのがゴールデンゲート国立公園である。この国立公園は、行政機関である国立公園局とNPO組織である国立公園保全協会が対等なパートナーシップのもとにマネジメントを展開している。クリッシーフィールドおよびゴールデンゲート国立公園のパークマネジメントについて詳しく話を聞いた。クリッシーフィールドだけでなく、ゴールデンゲート国立公園全体のマネジメントについて調べてみたくなった。
15時からは、MIGのローレル女史からデンバー市でMIGが進めるプロジェクトについての説明を受ける。こどもの遊び場を設計するプロセスについて教えてもらった。
16時からは、ペンシルバニア大学大学院を卒業したばかりの福西健太氏が合流し、MIGのラリー氏にエディブルガーデンへ連れていってもらう。エディブルガーデンは、バークレーで一番人気のあるレストラン「シェ・パニース」のオーナーであるアリス・ウォーター女史が始めたプロジェクトで、小学校の庭に菜園をつくるとともに、キッチンを完備した小屋を建てることによって、小学生が食べ物を育てて、それを収穫し、調理して食べるところまでを一貫して体験できるというプログラムである。菜園のガーデナー5名とキッチンのシェフ2名はそれぞれプロで、小学生たちは各学年ごとにさまざまな野菜を育てて料理している。次回のOSOTOの特集が「食べる」になりそうなので、事前に取り組みを取材するとともに写真を撮影しておく。
さらにラリー氏が関わっているコミュニティガーデンと散歩道づくりプロジェクトを見せてもらう。サンフランシスコにも良質なコミュニティガーデンがいくつかあるようだが、バークレーにも3つの良質なコミュニティガーデンがある。アメリカでも大きな庭が持てない人もいるそうで、そういう人たちが数年先まで予約待ちしているというコミュニティガーデンをいくつか案内してもらった。また、近隣住民と一緒に整備している散歩道も案内してもらったが、地元種の植物を地元の人たちと一緒に少しずつ植えていくプロジェクトには多くの人が参画しており、平日の日中でもかなり多くの人が散歩道を利用していることを実感した。
バークレーはかなり環境意識の高い人が多く住んでいる街である。4th st.の本屋には、ロハスやエコ関係の本ばかりが並ぶ棚がずらりと並んでいた。一面、緑の表紙や背表紙である。エコロジカルな食材や商品を扱った店だけを紹介するサンフランシスコのガイドブック「グリーノピア」など、市民のエコ感覚を醸成する方法に関するヒントをたくさん見つけることができた。ぜひ、日本でも同様の取り組みをしてみたいものである。
サンフランシスコ市街へ戻り、中華街へ行って夕食を食べる。福西氏もアジア料理を食べることにすぐ同意する。アメリカ料理はそう長く食べ続けられないという点で意見が一致した。
14時からはMIGのジョアン氏にアメリカにおけるパークマネジメントの動向を聞く。パークマネジメントは、単に公園を維持管理するための手法ではなく、公園を使う人たちの生活自体をサポートするためのものであるということを実感する。メタボリズム対策として運動するために公園を使う人がいるのであれば、その人にどんな運動がどんなダイエットに向いているのか、どの運動はどれくらいのカロリーを消費するのかを提示すること。さらにファーマーズマーケットを開催してダイエットに利く食べ物を紹介すること。また、運動方法や料理方法に関する講座を開催すること。これだけのことで、レクリエーションだけでなく健康福祉関係の施策にも寄与することができる。パークマネジメントは、レクリエーションだけでなく、健康福祉、教育、産業、環境など、プログラムの組み合わせ次第でいろいろな部局とつながって事業を展開することができる可能性を持っている。
さらに興味深かったのは、ジョアン女史はMIGで働く前までゴールデンゲート国立公園局で働いていたということ。ちょうど調べてみたかったクリッシーフィールドが位置しているのがゴールデンゲート国立公園である。この国立公園は、行政機関である国立公園局とNPO組織である国立公園保全協会が対等なパートナーシップのもとにマネジメントを展開している。クリッシーフィールドおよびゴールデンゲート国立公園のパークマネジメントについて詳しく話を聞いた。クリッシーフィールドだけでなく、ゴールデンゲート国立公園全体のマネジメントについて調べてみたくなった。
15時からは、MIGのローレル女史からデンバー市でMIGが進めるプロジェクトについての説明を受ける。こどもの遊び場を設計するプロセスについて教えてもらった。
16時からは、ペンシルバニア大学大学院を卒業したばかりの福西健太氏が合流し、MIGのラリー氏にエディブルガーデンへ連れていってもらう。エディブルガーデンは、バークレーで一番人気のあるレストラン「シェ・パニース」のオーナーであるアリス・ウォーター女史が始めたプロジェクトで、小学校の庭に菜園をつくるとともに、キッチンを完備した小屋を建てることによって、小学生が食べ物を育てて、それを収穫し、調理して食べるところまでを一貫して体験できるというプログラムである。菜園のガーデナー5名とキッチンのシェフ2名はそれぞれプロで、小学生たちは各学年ごとにさまざまな野菜を育てて料理している。次回のOSOTOの特集が「食べる」になりそうなので、事前に取り組みを取材するとともに写真を撮影しておく。
さらにラリー氏が関わっているコミュニティガーデンと散歩道づくりプロジェクトを見せてもらう。サンフランシスコにも良質なコミュニティガーデンがいくつかあるようだが、バークレーにも3つの良質なコミュニティガーデンがある。アメリカでも大きな庭が持てない人もいるそうで、そういう人たちが数年先まで予約待ちしているというコミュニティガーデンをいくつか案内してもらった。また、近隣住民と一緒に整備している散歩道も案内してもらったが、地元種の植物を地元の人たちと一緒に少しずつ植えていくプロジェクトには多くの人が参画しており、平日の日中でもかなり多くの人が散歩道を利用していることを実感した。
バークレーはかなり環境意識の高い人が多く住んでいる街である。4th st.の本屋には、ロハスやエコ関係の本ばかりが並ぶ棚がずらりと並んでいた。一面、緑の表紙や背表紙である。エコロジカルな食材や商品を扱った店だけを紹介するサンフランシスコのガイドブック「グリーノピア」など、市民のエコ感覚を醸成する方法に関するヒントをたくさん見つけることができた。ぜひ、日本でも同様の取り組みをしてみたいものである。
サンフランシスコ市街へ戻り、中華街へ行って夕食を食べる。福西氏もアジア料理を食べることにすぐ同意する。アメリカ料理はそう長く食べ続けられないという点で意見が一致した。
2009年5月26日火曜日
MIGへ
午前中にサンフランシスコ市街を出て、バートにてバークレーへ。4th st.近くにあるランドスケープデザインの事務所MIGを訪れる。建物は5年前に訪れたときとほとんど変わっていない。全米各地に支店を持つ設計事務所で、所員の総数は約120人。バークレーにある本社には約60人が勤める。かつて動物試験所だった建物を買い取って改装したという事務所は、その特殊な用途ゆえに消毒とお祓いと改装をしたという。現在では、天井が高く開口部も多く、とても気持ちのいい空間になっている。ひとりずつが個別のブースで仕事ができるようになっていて、かなりリッチな職場環境だといえよう。
お昼から、MIGの代表であるスーザン・ゴルツマン女史と日系人スタッフのトッド・ハラ氏と3人でランチミーティングへ。4h st.のレストランで昼食を食べながらOSOTOの取材をする。屋外空間の意味、おもしろい活用方法、普段の屋外利用などについて興味深い話を聞くことができた。また、最近のMIGの作品を集めた「インクルーシヴシティ」という作品集やファシリテーショングラフィックに関する本や各種プロジェクトに関する資料をもらった。ゴルツマンさんはとても忙しい日々を送っているはずなのに、5年前も今回もとても丁寧に対応してくれる。ありがたいものである。
ランチミーティングのあと、4th st.周辺を散歩する。このあたりは大地主が一括して開発した通りであり、歩道と店舗との関係などが興味深い。地主自体が建築に興味がある人で、クリストファー・アレグザンダーの「パタンランゲージ」に影響を受けていたという。そこで、街路および建物の設計者に対して、パタンランゲージの法則にしたがって設計を進めるよう指示したようだ。建物は2階建てまで、歩道と敷地との境界はあいまい、街路を見下ろせる広場、点在するベンチやイスなど、とても気持ちのいい空間になっている。パタンランゲージの生みの親であるアレグザンダー自身が設計すると、どうしても彼自身の好みである古典的な建築様式が目立ちすぎることになるのだが、別の人がパタンランゲージを使うとここまで優れた空間ができるというのは驚きである。実際、これまで見たアレグザンダーによるパタンランゲージを用いたどの設計よりも優れた空間になっていると感じた。パタンをつくる人はそれなりのイメージを持っているため、そこに特定の様式がセットになってしまう場合が多い。他の人が作ったパタンであれば、その様式を引き去って新たな空間をつくりだすことができるという好例だろう。日本の都市空間が持つ優れたパタンを整理して、それを外国の設計者が忠実に守りながら設計すれば、いわゆる伝統的な和風の街路ではなく、新しいタイプの心地いい空間を生み出すことができるのかもしれない。
帰りにバークレー市街にある古本屋「モエブックス」へ立ち寄る。少し覗くだけにしようと思っていたのだが、日本で手に入らないような本がとにかく安い。SoleriやBAWAの作品集、ゲーリーのスケッチブック、スミッソン夫妻の論文集、ガレット・エクボに関する評論集、モダンガーデンに関する評論集、建築のダイアグラムに関する本など、興味深い書籍が安く売られていた。パオロ・ソレリについても、すでに絶版になっている珍しい著作がいくつかあったので、それらをまとめて購入した。重くて持ち運べなくなったので、翌日MIGから送ってもらうことにする。
夕食はバークレーの学生街にある韓国料理屋にて。やはり、1日に1食以上はアジア料理が食べたくなる。ビビンバとカルビを頼むと、それぞれがディナープレートになっていて明らかに2人前。またもや多く注文し過ぎたようだ。
お昼から、MIGの代表であるスーザン・ゴルツマン女史と日系人スタッフのトッド・ハラ氏と3人でランチミーティングへ。4h st.のレストランで昼食を食べながらOSOTOの取材をする。屋外空間の意味、おもしろい活用方法、普段の屋外利用などについて興味深い話を聞くことができた。また、最近のMIGの作品を集めた「インクルーシヴシティ」という作品集やファシリテーショングラフィックに関する本や各種プロジェクトに関する資料をもらった。ゴルツマンさんはとても忙しい日々を送っているはずなのに、5年前も今回もとても丁寧に対応してくれる。ありがたいものである。
ランチミーティングのあと、4th st.周辺を散歩する。このあたりは大地主が一括して開発した通りであり、歩道と店舗との関係などが興味深い。地主自体が建築に興味がある人で、クリストファー・アレグザンダーの「パタンランゲージ」に影響を受けていたという。そこで、街路および建物の設計者に対して、パタンランゲージの法則にしたがって設計を進めるよう指示したようだ。建物は2階建てまで、歩道と敷地との境界はあいまい、街路を見下ろせる広場、点在するベンチやイスなど、とても気持ちのいい空間になっている。パタンランゲージの生みの親であるアレグザンダー自身が設計すると、どうしても彼自身の好みである古典的な建築様式が目立ちすぎることになるのだが、別の人がパタンランゲージを使うとここまで優れた空間ができるというのは驚きである。実際、これまで見たアレグザンダーによるパタンランゲージを用いたどの設計よりも優れた空間になっていると感じた。パタンをつくる人はそれなりのイメージを持っているため、そこに特定の様式がセットになってしまう場合が多い。他の人が作ったパタンであれば、その様式を引き去って新たな空間をつくりだすことができるという好例だろう。日本の都市空間が持つ優れたパタンを整理して、それを外国の設計者が忠実に守りながら設計すれば、いわゆる伝統的な和風の街路ではなく、新しいタイプの心地いい空間を生み出すことができるのかもしれない。
帰りにバークレー市街にある古本屋「モエブックス」へ立ち寄る。少し覗くだけにしようと思っていたのだが、日本で手に入らないような本がとにかく安い。SoleriやBAWAの作品集、ゲーリーのスケッチブック、スミッソン夫妻の論文集、ガレット・エクボに関する評論集、モダンガーデンに関する評論集、建築のダイアグラムに関する本など、興味深い書籍が安く売られていた。パオロ・ソレリについても、すでに絶版になっている珍しい著作がいくつかあったので、それらをまとめて購入した。重くて持ち運べなくなったので、翌日MIGから送ってもらうことにする。
夕食はバークレーの学生街にある韓国料理屋にて。やはり、1日に1食以上はアジア料理が食べたくなる。ビビンバとカルビを頼むと、それぞれがディナープレートになっていて明らかに2人前。またもや多く注文し過ぎたようだ。
2009年5月25日月曜日
ゴールデンゲートブリッジからクリシーフィールドへ
アメリカでは三連休の最終日。パークセンターなどは休日でスタッフが誰もいないだろうから、休日の公園利用実態を観察するべくゴールデンゲートブリッジ周辺とクリシーフィールドへ。ゴールデンゲートブリッジはさすがに観光地で、多くの人が訪れていた。人間が造ったものにこれだけの人間が惹きつけられるというのはすごいことだと感じる。これは設計者の功績であるとともに、それをサンフランシスコの顔としてプロモーションした人たちの功績であるといえよう。立地、デザイン、物語、政治など、複数の要因が重なり合ってこういう場所が生まれるんだということを実感する。
ゴールデンゲートブリッジへ向かうバスのなかで、スイス人の年配の女性と知り合った。彼女はアートに興味があるということなので、スイスの建築家が設計した美術館がゴールデンゲートパークのなかにあることを伝える。すかさず彼女から「ヘルツォーク・アンド・ド・ムーロンの設計でしょ」という返答があったので、スイスでの彼らの知名度の高さに驚いた。が、実はこの女性、単なるアート好きではなく映像作家で、ヘルツォークたちがニューヨークで設計している超高層建築の建築現場を映像で取材してサンフランシスコへ来たばかりだという。スイスではアルプスに近い村に住んで活動しているのだが、バーゼルのヘルツォーク事務所を尋ね、ニューヨークでのプロジェクトを映像に収めるという作品づくりに協力してもらうことになったそうだ。ほかにも、ピーターズントーが設計した温浴施設の映像化など、スイス人建築家とのコラボが多いという。さらに、今は日本か中国で書道を学びたいという。素朴なおばさんといった感じの人だが、興味の幅はかなり広い。「スイスへ来ればいろんな場所を案内する」と行って連絡先をくれた。旅をすると、さらに行きたい場所が増えてしまう。スイスはまだ行ったことが無い国なので、ぜひ次の機会にはかの地へ行ってみたいものだ。
ゴールデンゲートブリッジから歩いてサンフランシスコ湾へ降りていくと、フォートポイントとクリシーフィールドへとつながる。フォートポイントはゴールデンゲートブリッジを間近に見ることができる公園として人気が高い。多くの人たちがバーベキューやランニングや犬の散歩などをしていた。やはり、アメリカ人は屋外で使うツールをたくさん持っている。また、その種のツールがたくさん開発されて市場に出回っている。ナイキとアップルが協働して、マラソンシューズに装着した歩数計からワイヤレスで腕にはめたiPODまで歩数データを飛ばして蓄積するというシステムを作り出した理由がよくわかる。そういうセットがたくさん売れるほど、アメリカ人は音楽を聴きながらマラソンする。どうせなら走った距離やペースや消費カロリーを記録できたほうがいいだろう、という発想になるわけだ。
フォートポイントにあるウォーミングハットという建物には、カフェやショップが入っている。このショップの売り物はかなり充実していて、都心部のオシャレなエコショップよりも充実した品揃えだった。ゴールデンゲートブリッジに関するお土産物だけではなく、石鹸やオイル、食料品、ハチミツのほかに、本やステーショナリーやトートバッグなど、デザイン的にも優れた商品がたくさん集められている。さらに、「みなさんのお買い上げは公園のマネジメントに役立ちます」というサインが掲げられており、売り上げの一部が公園運営費に回されていることが明示されている。買い物をすれば公園が良くなる。買い物をすれば小学生たちが参加するプログラムが増える。こういうイメージを前面に打ち出したインテリアは、ショッピングという行為を消費者自身が正当化するきっかけを与えるという意味でうまい戦略だと感じる。
ウォーミングハットから歩いてクリシーフィールドへ。クリシーフィールドは5年前より自然再生が進んでいた。クリシーフィールドセンターは休日とあってディレクターが誰もいなかったが、ブックショップでクリシーフィールド関連の書籍を何冊か見つけたので購入した。また、いくつか面白そうなツールがあったので合わせて購入した。ここでオルムステッドに関する絵本を発見。「公園をつくった人」というタイトルで、オルムステッドの業績を子どもに分かりやすい絵本としてまとめたもの。日本でいえば本多静六さんの絵本が発売されるようなものだ。この種の本が発売されるというのは、ランドスケープアーキテクトの社会的な認知度を上げるとともに、次世代の担い手を広く醸成するという意味でうらやましいことだと感じる。
さらに歩いてプレシディオのパークセンターへ。ここはかつて軍の司令官が滞在した場所だったということで、大広間や会議室などを併設したかなり立派な建物である。ここにプレシディオが軍の基地としてどう発展してきたかが展示してあり、軍服を着たおじいさんたちがボランティアとして戦争の頃の話をしてくれる。ここにもストアがあって、軍関係の資料などが売られている。ここでゴールデンゲート国立公園全体の環境デザインがどう進められてきたのかをまとめた本を見つけたので購入。値段が分からなかったのでレジへ持っていくと3500円くらいだと教えてくれる。レジのおばさんは笑いながら「写真も載ってなくてモノクロで難しい文章ばかり書いてあるのに3500円というのは高すぎるね。私ならこんな本は買わないわ。アーバンデザインか都市計画の専門家しかこの種の本は買わないだろうね」という。あまり商品を売る気がないのか、あるいはこの本を手にした瞬間から僕の職業を見抜いていたのか。いずれにしても面白い売り方である。
帰りはローレンス・ハルプリンが設計したギラデリスクエアへ立ち寄る。先日発見した「無料ワイヤレス接続できます」という広場へ行って、持参したノートPCで接続を確認する。あまり電波は良くないが、確かに無料でインターネットに接続できる。接続したらブラウザを立ち上げ、ギラデリスクエアが提示する利用規約を読み、それを受け入れるというボタンを押すとインターネットにつながる。その際、トップページとして出てくるのがギラデリスクエアのページであり、今日のイベントやお買い得情報などがオシャレに提示される。無料でLANが使えるというのは、無料でトイレが使えるとか、無料で水飲み場が使えるというのと同じように、現代のオープンスペースに必要なインフラ的機能であると感じる。特に旅行者が多いベイエリアのオープンスペースであればなおさらである。
夜になってさらに冷え込んできたので、ダウンタウンへ戻ってGAPのセカンドラインであるOLD NAVYに駆け込む。ここはGAPより安い値段で服を売ってくれるアメリカのユニクロ的存在で、急に欲しくなった服を買うにはちょうどいい。防寒用にカットソーとニット帽を購入する。
夕食は久しぶりにバーガーキングへ。オーストラリアに住んでいるときもお世話になったハンバーガー屋さんで、かなり懐かしい味だった。ここのハンバーガーはなぜか炭火焼きの味がする。が、キッチンのなかで炭を使っている気配はない。昔から不思議だったが、今回改めて不思議な気分になった。なぜこれほど炭火焼きの味がするのか。すでに工場で炭火焼きとしてつくったハンバーグを各店舗に輸送して、店舗ではそれを過熱しているだけなのか。それとも、「炭フレーバー」なるものがあって、それをハンバーグに振りかけてパンに挟み込んでいるのか。前者であって欲しいと思いながら夕食を済ませた。
ゴールデンゲートブリッジへ向かうバスのなかで、スイス人の年配の女性と知り合った。彼女はアートに興味があるということなので、スイスの建築家が設計した美術館がゴールデンゲートパークのなかにあることを伝える。すかさず彼女から「ヘルツォーク・アンド・ド・ムーロンの設計でしょ」という返答があったので、スイスでの彼らの知名度の高さに驚いた。が、実はこの女性、単なるアート好きではなく映像作家で、ヘルツォークたちがニューヨークで設計している超高層建築の建築現場を映像で取材してサンフランシスコへ来たばかりだという。スイスではアルプスに近い村に住んで活動しているのだが、バーゼルのヘルツォーク事務所を尋ね、ニューヨークでのプロジェクトを映像に収めるという作品づくりに協力してもらうことになったそうだ。ほかにも、ピーターズントーが設計した温浴施設の映像化など、スイス人建築家とのコラボが多いという。さらに、今は日本か中国で書道を学びたいという。素朴なおばさんといった感じの人だが、興味の幅はかなり広い。「スイスへ来ればいろんな場所を案内する」と行って連絡先をくれた。旅をすると、さらに行きたい場所が増えてしまう。スイスはまだ行ったことが無い国なので、ぜひ次の機会にはかの地へ行ってみたいものだ。
ゴールデンゲートブリッジから歩いてサンフランシスコ湾へ降りていくと、フォートポイントとクリシーフィールドへとつながる。フォートポイントはゴールデンゲートブリッジを間近に見ることができる公園として人気が高い。多くの人たちがバーベキューやランニングや犬の散歩などをしていた。やはり、アメリカ人は屋外で使うツールをたくさん持っている。また、その種のツールがたくさん開発されて市場に出回っている。ナイキとアップルが協働して、マラソンシューズに装着した歩数計からワイヤレスで腕にはめたiPODまで歩数データを飛ばして蓄積するというシステムを作り出した理由がよくわかる。そういうセットがたくさん売れるほど、アメリカ人は音楽を聴きながらマラソンする。どうせなら走った距離やペースや消費カロリーを記録できたほうがいいだろう、という発想になるわけだ。
フォートポイントにあるウォーミングハットという建物には、カフェやショップが入っている。このショップの売り物はかなり充実していて、都心部のオシャレなエコショップよりも充実した品揃えだった。ゴールデンゲートブリッジに関するお土産物だけではなく、石鹸やオイル、食料品、ハチミツのほかに、本やステーショナリーやトートバッグなど、デザイン的にも優れた商品がたくさん集められている。さらに、「みなさんのお買い上げは公園のマネジメントに役立ちます」というサインが掲げられており、売り上げの一部が公園運営費に回されていることが明示されている。買い物をすれば公園が良くなる。買い物をすれば小学生たちが参加するプログラムが増える。こういうイメージを前面に打ち出したインテリアは、ショッピングという行為を消費者自身が正当化するきっかけを与えるという意味でうまい戦略だと感じる。
ウォーミングハットから歩いてクリシーフィールドへ。クリシーフィールドは5年前より自然再生が進んでいた。クリシーフィールドセンターは休日とあってディレクターが誰もいなかったが、ブックショップでクリシーフィールド関連の書籍を何冊か見つけたので購入した。また、いくつか面白そうなツールがあったので合わせて購入した。ここでオルムステッドに関する絵本を発見。「公園をつくった人」というタイトルで、オルムステッドの業績を子どもに分かりやすい絵本としてまとめたもの。日本でいえば本多静六さんの絵本が発売されるようなものだ。この種の本が発売されるというのは、ランドスケープアーキテクトの社会的な認知度を上げるとともに、次世代の担い手を広く醸成するという意味でうらやましいことだと感じる。
さらに歩いてプレシディオのパークセンターへ。ここはかつて軍の司令官が滞在した場所だったということで、大広間や会議室などを併設したかなり立派な建物である。ここにプレシディオが軍の基地としてどう発展してきたかが展示してあり、軍服を着たおじいさんたちがボランティアとして戦争の頃の話をしてくれる。ここにもストアがあって、軍関係の資料などが売られている。ここでゴールデンゲート国立公園全体の環境デザインがどう進められてきたのかをまとめた本を見つけたので購入。値段が分からなかったのでレジへ持っていくと3500円くらいだと教えてくれる。レジのおばさんは笑いながら「写真も載ってなくてモノクロで難しい文章ばかり書いてあるのに3500円というのは高すぎるね。私ならこんな本は買わないわ。アーバンデザインか都市計画の専門家しかこの種の本は買わないだろうね」という。あまり商品を売る気がないのか、あるいはこの本を手にした瞬間から僕の職業を見抜いていたのか。いずれにしても面白い売り方である。
帰りはローレンス・ハルプリンが設計したギラデリスクエアへ立ち寄る。先日発見した「無料ワイヤレス接続できます」という広場へ行って、持参したノートPCで接続を確認する。あまり電波は良くないが、確かに無料でインターネットに接続できる。接続したらブラウザを立ち上げ、ギラデリスクエアが提示する利用規約を読み、それを受け入れるというボタンを押すとインターネットにつながる。その際、トップページとして出てくるのがギラデリスクエアのページであり、今日のイベントやお買い得情報などがオシャレに提示される。無料でLANが使えるというのは、無料でトイレが使えるとか、無料で水飲み場が使えるというのと同じように、現代のオープンスペースに必要なインフラ的機能であると感じる。特に旅行者が多いベイエリアのオープンスペースであればなおさらである。
夜になってさらに冷え込んできたので、ダウンタウンへ戻ってGAPのセカンドラインであるOLD NAVYに駆け込む。ここはGAPより安い値段で服を売ってくれるアメリカのユニクロ的存在で、急に欲しくなった服を買うにはちょうどいい。防寒用にカットソーとニット帽を購入する。
夕食は久しぶりにバーガーキングへ。オーストラリアに住んでいるときもお世話になったハンバーガー屋さんで、かなり懐かしい味だった。ここのハンバーガーはなぜか炭火焼きの味がする。が、キッチンのなかで炭を使っている気配はない。昔から不思議だったが、今回改めて不思議な気分になった。なぜこれほど炭火焼きの味がするのか。すでに工場で炭火焼きとしてつくったハンバーグを各店舗に輸送して、店舗ではそれを過熱しているだけなのか。それとも、「炭フレーバー」なるものがあって、それをハンバーグに振りかけてパンに挟み込んでいるのか。前者であって欲しいと思いながら夕食を済ませた。
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