2009年7月7日火曜日

芸術と福祉

兵庫県立美術館の服部正氏より、共著である『芸術と福祉』という著作を送っていただく。この本の内容は僕にとってとても示唆的であった。最近、デザインや社会や幸福について考えてきたことが、芸術と福祉の歴史的な関係性のなかでわかりやすく整理されている。福祉とは、広い意味での幸福に関する概念であり、僕たちがデザインや芸術に関わる目的はそこにある、ということが明示されているのである。これまで、個別に考えてきたキーワード(芸術、デザイン、建築、人道主義、福祉、幸福、民主主義、住民参加、教育、大学創設、働き方、自己実現、生活、人生など)が、この本の内容を通じてするすると結びついていくのがとても気持ちよかった。以下、僕にとって重要だと感じたキーワードを列挙する。

・エイブラハム・リンカーン「人民の人民による人民のための政治」民主主義の理念(ゲティスバーグ演説1863年)→ケネディの演説やオバマの演説にも見られる市民主体の政治という考え方。日本でいう「新しい公」の概念に近い考え方であり、アンリ・ルフェーブルやシチュアシオニストの考え方にもつながる概念。→ケネディ「国があなたに何をしてくれるかを考えるのではなく、あなたが国に何ができるかを考えて欲しい」。

・ウィリアム・モリス「民衆による民衆のための芸術」→リンカーンの言葉を援用したのか。「作る人と使う人双方にとっての幸福としての、民衆による民衆のための芸術」の種を植えようという主張。芸術家しか関われない芸術ではなく、上流階級だけのための芸術でもなく、「幸福としての芸術」であることが重要。→のちにモリスは「芸術の救済は、芸術それ自体にではなく、社会の再形成、革命にある」という考え方へと発展する。

・美術史家アーナンダ・クーマラスワーミー「芸術家というのは特別な人間ではなく、すべての人間が特別な芸術家なのだ」。→『スモール・イズ・ビューティフル』の著者シューマッハーに師事したサティシュ・クマールも同様のことを言っている。「工業社会は歌い手の数を少なくしてしまいました。私たちが目指している平和でエコロジカルな社会とは、誰もがそれぞれ歌い手であり、詩人であるような社会ではないでしょうか。アーティストとは別に特別な種類の人間のことではない。むしろこう言うべきです。すべての人間が特別なアーティストなのだ、と」。

・詩人ラビンドラナート・タゴール「生命こそが、この私たちが住む荒々しい岩や石ころだらけの地球の上で、耐えることなく美の奇跡を行い続ける芸術家なのだ」。→生命あるものはすべて芸術家である。

・ヨーゼフ・ボイス「すべての人間は芸術家である。人間は、画家、彫刻家、建築家、あるいはデザイナーや特別な技術を身に付けた工芸家になることなく、ただひとりの人間のまま、芸術家でありうるのだ」。→芸術家になろうとするな。そのままで芸術家なのだ。

・イギリスの評論家トーマス・カーライル「現金の支払いだけが人間関係ではないことを、いたるところで人々はすっかり忘れてしまっている」。

・ジョン・ラスキン「最近われわれは分業という文明の偉大なる発明について、大いに研究し、大いにそれを究めてきた。ただし、この命名はまちがっている。実は分割されているのは労働ではない。人間である。人間が分割されて、単なる人間の断片にされてしまっているのである。(中略)この状況に対処する方途はただ一つ、どのようなたぐいの労働が人間にとって好ましく、人間を高め、幸福にするものであるかということを、あらゆる階級の者が正しく理解することによってしかない」。→実際に工場で働いたことの無いマルクスにとって労働は苦しいものだったが、モリスはそれが楽しいものにもなり得ることを体験的に知っていた。労働は単に苦しいものではなく、幸せにつながるものでもあると考えた。→明治の林学者である本多静六の「仕事の道楽化」に近い概念。

・ジョン・ラスキン「人生こそが財産である。人生というのは、そのなかに愛の力、喜びの力、賞賛の力のすべてを含んでいる。最も裕福な国とは、高貴にして幸福な人々を最大限に養う国である。最も裕福な人間とは、自分自身の人生の機能を最大限にまで高め、その人格と所有物の両方によって、他者の人生に最も広範で有用な影響力を及ぼす人のことなのである。(『この最後の者にも』第77節)」 →studio-Lの「L」は「Life/生活/人生」の頭文字であり、まさに「生活のあり方を見直すこと」が「まちのあり方を変えること」につながり、結果として良質な風景を生み出すことにつながることを意図している。と同時に、正しくて楽しくて美しい仕事をひとつずつ実現させることによって、自分自身の「人生」を充実させるとともに、ほかの人の人生にもいい影響を与えられるような存在になりたいと考えている。

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